【ミドルファネル研究会】広告ROASは調子がいいのに、売上が伸び悩む ── 事業成長につながる広告運用

【ミドルファネル研究会】広告ROASは調子がいいのに、売上が伸び悩む ── 事業成長につながる広告運用

今回は「広告ROASは調子がいいのに、売上が伸び悩む」という問題について、ミドルファネル研究会で議論した内容を記事にします。

ミドルファネル研究会について

「今すぐ買いたい人」だけでなく、その手前にいる人たちにどう働きかけるか。オーリーズではこの問いに「ミドルファネル研究会」として取り組み、現場の知見を発信しています。

ミドルファネル施策の重要性は多くの広告運用者が感じているものの、実際に投資に踏み切れていないケースが少なくありません。

目の前の広告成果が可視化されるほど、短期で数字が動く施策に予算が集中しやすくなる。その構造の根底にあるのが、ROAS偏重の評価設計です。

今回は「ROAS偏重の評価設計が、なぜミドルファネル施策への投資を阻み、ECの売上成長を妨げるのか」というテーマで、社内で議論した内容を記事にします。

リピーター偏重が起きる構造と対処法を、実データとともに紹介します。

ROAS偏重の評価設計が招く5つの問題

以下は、EC事業の広告運用でよく見かける評価設計です。

  1. メインの広告KPIをROASだけで評価している
  2. ラストタッチだけで広告を評価している
  3. 指名ワードもひっくるめて広告ROASを評価している
  4. 広告経由の新規とリピーターの割合を把握していない
  5. 売上目標はあるが顧客数の目標はない

このような評価設計をもとに広告運用をすると、中長期では売上が伸び悩む可能性があります。なぜこれらが問題になるのか、順に見ていきます。

問題1.メインの広告KPIをROASだけで評価している

目標CPAや目標ROASなどの自動入札機能は広告運用の成果向上を支える仕組みですが、思わぬ落とし穴もあります。それが「意図せぬリピーター偏重」です。

あるEC事業のクライアントで、検索キャンペーンを目標ROASで運用していました。また、このアカウントでは、コンバージョンを「新規顧客」と「リピート顧客」に分けて集計していました。(新規とリピートの区別は顧客のログインIDで判定)

成果を分析してみると、目標ROAS内でしっかりと成果が出ていた反面、多くの一般ワードの広告キャンペーンで、コンバージョンの約6割がリピート顧客でした。キャンペーンによっては8割を超えていました。

一般ワードは多くの場合、新規顧客との接点を期待するキーワードです。それなのに過半数がリピーターの購入だった。

リピーターは新規顧客に比べて自社の広告に気づきやすく、プロモーションへの反応も高い。ROASの向上を目指す自動最適化は、こうした「反応しやすいユーザー」に配信を偏らせます。

もちろん、広告がなければ購入に至らなかったリピーターもいるはずなので、これ自体が一律に悪いわけではありません。

ただ、意図しない過度なリピーター偏重は問題です。施策がリピーターに偏ると顧客総数が伸び悩み、コスト負担の大きな集客構造をつくってしまいます。中長期で成長し続けるには、売上だけでなく顧客総数の成長が不可欠です。

問題2.ラストタッチだけで広告を評価している

次に、広告効果をラストタッチだけで評価することも、中長期の伸び悩みを招く要因の一つです。新規顧客との接点を持つ施策を過小評価してしまう恐れがあるからです。

ファネルの下部にある「リターゲティング広告」や「指名ワード検索広告」といったボトムファネル施策は、それ以降に他の施策が接点を持つ可能性が低い。

一方、「一般ワード検索広告」や「SNS広告」といったミドルファネル施策は、その後にボトムファネル施策が続くことが多く、ラストタッチを他の施策に奪われやすい構造にあります。

ミドルファネル施策が過小評価されるリスクについては、実データでも確認できました。下記「解決アプローチ」のセクションで示します。

問題3.指名ワードもひっくるめて広告ROASを評価している

これまで数多くのEC事業者様を支援してきましたが、「指名ワードも含めた広告ROAS」で全体を評価しているケースは少なくありません。運用上の利点もあるため完全に否定するものではありませんが、注意しないとリピーター偏重の原因になります。

下記は、あるクライアントの実績を「検索指名キャンペーン」と「それ以外」に分けて集計したものです。

指名キャンペーンは全体の費用割合が5%にもかかわらず、収益の約5割を占め、ROASは6,000%に達していました。指名キャンペーンではよくある傾向です。

この状況で指名キャンペーンも含めて広告ROASを評価すると、それ以外の施策の貢献が見えなくなります。

たとえば指名キャンペーン以外の施策が好調でROASが10%向上しても、指名キャンペーンの収益割合が大きいため、全体のROAS向上は5%にとどまる。指名キャンペーンの効率が落ちれば、他の施策の改善が相殺されて「改善なし」と見なされることもあります。

このケースでは、指名キャンペーンの新規顧客率はわずか2割程度にとどまる一方、その他の施策では5割以上でした。新規顧客を増やすには他の施策を正当に評価する必要がありますが、指名キャンペーンの成果がその評価を妨げていました。

問題4.広告経由の新規とリピーターの割合を把握していない

ROASをメインのKPIにして自動化機能で広告を運用すると、知らぬ間に「広告を届けなくても購入してくれた可能性のあるリピーターに、大半の広告費を投じる」という状況に陥る可能性があります。

そのため私たちは、この偏りを把握するために、新規顧客とリピーターの比率をキャンペーンレベルで確認するようにしています。その理由と具体例は、下記「解決アプローチ」のセクションで示します。

問題5.売上目標はあるが顧客数の目標はない

売上目標はどの事業者も持っています。しかし「顧客数の目標」を持っているケースは少ないように思います。

著書『顧客起点の経営 – 企業の「成長の壁」を突破する改革』(西口一希 著)では、次のように述べられています。

マーケット全体の顧客数は定義されていなくても、自社の顧客数は把握できるはずですが、実際に把握していた企業は日系で43%程度でした。つまり残りの57%程度、調査対象の日本企業の半分以上が、自社の売上を作っている顧客数すら可視化していないということです。

売上ではなく顧客数を使う理由は、顧客起点を徹底して、無駄な投資を避けるためです。売上は「顧客数」×「単価」×「頻度」ですが、単価と頻度を決めるのは顧客です。

つまり、単価や頻度を上げて売上を伸ばすには、結局、その顧客の心理と行動を変えるしかないのです。優良顧客は単価や頻度が高く、一過性の顧客は低くなります。

つまり掛け算の結果としての売上だけを見ていては、自社プロダクトが生み出している顧客への価値が見えなくなるのです。財務諸表を追いかける経営において、顧客がブラックボックス化する理由と同じです。

出典:『顧客起点の経営 – 企業の「成長の壁」を突破する改革』より引用

広告ROASだけで施策を評価するのは、この「掛け算の結果で大雑把に評価する」ことに他なりません。結果として、広告の役割は短期的な売上やリピーターからの収益に偏り、「新規顧客をどう獲得するか」が後回しになる恐れがあります。

解決アプローチ

顕在層の獲得効率をいくら高めても、新規顧客は頭打ちになります。成長を続けるには、「今すぐ買いたい人」の手前にいる準顕在層にどう働きかけるかが問われます。

しかしROAS偏重の評価設計のもとでは、短期ROASが出にくいミドルファネル施策は「効果が見えない」と判断され、投資されません。これが、ミドルファネル施策に踏み出せない構造です。

ここからはこの構造を変えるために現場で実践してきたアプローチを紹介します。

  • 評価指標は(1)トータルROAS、(2)新規獲得相対CPA、(3)広告ROAS、の優先度で見る
  • 複数のアトリビューション評価でモニタリングする
  • キャンペーンレベルで新規顧客とリピート顧客の比率を見る
  • 新規顧客目標を定める

評価指標は(1)トータルROAS、(2)新規獲得相対CPA、(3)広告ROAS、の優先度で見る

私たちは、施策の評価を以下の優先順位で行うことが多いです。

  1. トータルROAS
  2. 新規獲得相対CPA
  3. 広告ROAS

トータルROAS

トータルROASは、個別の施策ではなく広告投資全体のリターンを見る指標です。基準値以上のリターンが出ているかで判断します。

トータルROASの意義は、見えないものや曖昧なものを考慮できることです。集客における曖昧さ耐性を高める指標、と言ってもいいかもしれません。

たとえばSNS広告の認知効果や動画広告の長期的な効率押し上げなど、技術的に評価が難しい広告効果も捉えやすくなり、各キャンペーンのユニークな役割に集中することが可能になります。

もう一つの利点は、トータルROASが基準内に収まっていれば、未来志向の投資判断ができるようになることです。

以下のように、ECの売上は様々な要因で変動するため、トータルROASも変化します。

  • 売れ筋商品の在庫が充実し、売上が伸びた
  • SNSでの口コミやインフルエンサーの影響でオーガニックな売上が伸びた
  • 動画広告による認知向上が、時間をかけて全体の効率を押し上げた
  • サイト内検索システムを刷新してCVRが向上した

トータルROASで評価することで、「広告以外の施策が好調であれば、その勢いを利用して、多少効率を落としてでも新規顧客の獲得を優先しよう」と判断でき、新規顧客の獲得にチャレンジできます。

全体の余白を確保することで、短期ROASが見えにくいミドルファネル施策への投資に踏み切れるようになります。

ただし、トータルROASを見るだけで新規顧客が増えるわけではありません。そこで必要になるのが新規獲得相対CPAです。

新規獲得相対CPA

新規獲得相対CPAとは、広告経由で獲得した新規顧客のCPAです。「相対」としているのは、多くの施策で「新規顧客だけにかかった費用」を正確に算出できないためです。

単品リピート通販など、新規顧客に特化した広告ターゲティングやLP、カートシステムを用意して運用できる場合は例外ですが、多くのEC事業者にとっては算出が難しいケースが多いです。

たとえば以下のように施策Aに30万円かけて新規10件、リピーター20件を獲得した場合、それぞれにいくらかかったかは分からない。全体費用を新規・リピートの件数で割って参考値を出すしかありません。

そこで、施策の全体にかかった費用を、新規顧客とリピート顧客の件数で割ることで、参考値としての獲得単価を算出します。これは実際のCPAを表すものではありませんが、施策間の比較ができるようになります。

ROASでは埋もれがちなミドルファネル施策の価値を、新規獲得の観点で可視化できます。

広告ROAS

広告ROASもほかの指標と組み合わせながら活用します。ポイントは、広告ROASは「評価基準」ではなく「分析起点」として利用することです。「ROASが高い=良い施策」と判断するのではなく、「ROASが低い施策で何が起きているか」を掘る起点にします。

例えば、下記のような施策A、B、Cがあり、それぞれROASと新規獲得相対CPAが下記の通りだったとします。

この場合、施策Cは評価が難しいところです。ROASは低いものの、新規顧客を効率的に獲得できている。初回購入の顧客単価が低いためにROASが低くなっていると考えられます。

一方、施策AもROASが高いからといって文句なしとは言い切れません。新規顧客の相対CPAが高く、リピーターの購入がROASを引き上げていることが分かります。

このように、ROASだけでは施策の良し悪しを一概に判断できません。そのため、基準となるROASを設定し、その基準を下回る施策については、ROASの低さを「撤退の根拠」ではなく「ミドルファネルで準顕在層と接点を持てているか」を確認する起点にします。

複数のアトリビューション評価でモニタリングする

ラストタッチのみの評価がミドルファネル施策を過小評価するリスクについて、実データを示します。

あるクライアントの広告施策を「新規顧客を獲得する可能性の高さ」で分類し、アトリビューション分析を行いました。「ボトムファネル施策」は指名ワード・リターゲティングなど、「ミドルファネル施策」は一般ワード検索広告・SNS広告などをまとめています。

表には3つの評価を並べており、「①ラストタッチのみの評価」「②すべての広告接点を評価したもの(均等配分)」「③(2)に加えてクロスデバイスも評価したもの」で比較しています。(クロスデバイス評価はアドエビスの機能を利用)

評価の結果、ラストタッチだけの評価でのコンバージョン数を「1」としたときに、「ボトムファネル施策」のコンバージョン数はそれぞれ②1.0倍、③1.1倍であったのに対し、「ミドルファネル施策」は②1.4倍、③2.4倍と上昇しました。

ここから、ミドルファネル施策には以下の特徴があると考えられます。

  • 他の施策にラストタッチを奪われやすい
  • ラストタッチ以外の接点で貢献している
  • コンバージョンまでのプロセスが長くなるためクロスデバイスしやすい

この結果からも、ラストタッチ評価には「新しい顧客と接点を持つ施策」を過小評価してしまうリスクがあると言えそうです。

一般的にアトリビューション分析は「コンバージョン総数を増やす」「無駄な投資を減らす」ために行われることが多いですが、「新規顧客を増やす」目的で行われることは少ないように思います。私たちは後者の観点で、複数のアトリビューションモデルでの評価を行っています。

キャンペーンレベルで新規・リピート比率を可視化する

リピーター偏重を防ぐには、新規とリピートを顧客IDレベルで識別し、広告キャンペーンレベルで把握する必要があります。

プラットフォームによっては「新規顧客の獲得を優先したメニュー」が用意されています。たとえば、Google広告のP-MAXには新規顧客を優先的にターゲティングするオプションがあり、Criteoにも新規顧客向けメニュー(Criteo Customer Acquisition)があります。

下記はあるクライアントの実績ですが、通常のキャンペーンと新規顧客向けのキャンペーンを比較した場合、CPAがほぼ同じなのに、新規獲得相対CPAには数倍の差がありました。

コンバージョン数だけを追う場合はどちらも大差ありませんが、新規顧客の獲得を重視する場合にはこれだけ大きな違いがあります。

新規顧客目標を定める

売上目標に加えて新規顧客目標を設定することの重要性は、先述の西口氏の指摘が示す通りです。

誤解を恐れずに言えば、売上目標を追いかけることには、ある種のごまかしや、その場しのぎができてしまいます。例えば、物価が上昇すれば一時的に売上が上がる可能性は高いですし、値引きやキャンペーンを増やしたり、メルマガやリターゲティングを強化することで売上を伸ばすことも可能です。

新規顧客数の目標を設定することは、「新しい顧客を獲得するために何が必要か」を考え続ける土台になります。私たちは支援先に対して、売上目標と並列で新規顧客数の目標設定を提案しています。

新規顧客数を目標に据えることは、ミドルファネルへの投資を組織として「やる」と決めることでもあると言えます。

おわりに

この記事では、ROAS偏重の広告評価がなぜミドルファネル施策への投資を阻み、ECの売上成長を妨げるのか、そしてどう対処するかについてお伝えしました。

ポイントをまとめます。

評価設計の問題

  1. ROASをメインKPIにすると、自動最適化がリピーターに偏る可能性がある
  2. ラストタッチ評価では、新規顧客との接点を持つ施策が過小評価される
  3. 指名ワードを含めたROAS評価が、他の施策の貢献を見えなくする
  4. 新規・リピート比率を把握していないと、この偏りに気づけない
  5. 顧客数の目標がなければ、新規顧客獲得が後回しになりやすい

解決アプローチ

  • 評価指標はトータルROAS → 新規獲得相対CPA → 広告ROASの優先度で見る
  • 複数のアトリビューションモデルで施策を評価する
  • キャンペーンレベルで新規・リピート比率を可視化する
  • 売上目標と並列で新規顧客数の目標を持つ

ROAS偏重の評価設計が続く限り、ミドルファネル施策への投資判断は後回しになりやすい。今回紹介したアプローチが、評価設計を見直すきっかけになれば幸いです。

ミドルファネル研究会では、今後も「準顕在層へ働きかけてCVの総量を増やすアプローチ」を、現場の一次情報として共有していきます。

Written by

ミドルファネル研究会
株式会社オーリーズ
「今すぐ買いたい人」だけでなく、その手前にいる人たちにどう働きかけるかを議論する社内研究会。議論した内容を一次情報として公開しています。