マネジメントがつらいのは「悪意を見出している」からかもしれない

マネジメントがつらいのは「悪意を見出している」からかもしれない

ちょっと前に、私のマネジメント業務について、上司からこんな評価をもらいました。(評価面談でのフィードバック内容をそのまま載せています)

  • 周りから相談しやすい雰囲気をつくることで、現場から正しい情報(客観的で新鮮な情報)を集めることができている。
  • 現場に違和感やリスクを感じたら、問題が大きくなる前に強く介入をおこない、トラブルを未然に防ぐアクションを取ることができている。
  • 現場に支援が必要と判断した際は、負荷をいとわず必要に応じて自ら手を動かしている。
  • 自身が忙しくて余裕が無いときは、それをオープンにしてメンバーや関係者に助けてもらうことができている。
  • 高い仕事の水準を求めるフィードバックをおこないつつも、メンバーの自信を奪うような振る舞いをしない。

こんな評価をもらえて純粋に嬉しかったですし、自分にはちょっとだけマネジメントが得意なのかもしれないな、とも思いました。

仏教の「慢」との出会い

ある日、上司にこう言われました。

「中野さんってさ、同僚や部下にイラッとすることってないの?忙しそうなときでも、そんな中野さんを見たことがなくて。」

そう言われたとき、私は素直に「イラつくことはないな…」と思いました。

なんでだろうと考えていたとき、最近読んだ本に、自分が普段から意識していたことが見事に言語化されていて深く共感しました。

書籍「反応しない練習」にはこう書かれています。

人が悩んでしまう理由の一つは、「判断しすぎる心」にあります。「判断」とは、この仕事に意味があるとかないとか、人生は生きている値打ちがあるとかないとか、彼と自分を比較すれば、どちらが優れている、劣っているといった「決めつけ」「思い込み」のことです。

人を苦しめる「判断」には、「自分はエライ」「正しい」「優れている(はずだ)」と肯定しすぎる思いもあります。仏教では、こうした心理を”慢”と呼びます。

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」より引用

この本によると、人にイラッとしたり、怒りを覚えてしまったりするのは、「自分が考えることが正しい」と心のどこかで思っているからだと言います。

「自分はマネージャーで経験豊富だから正しい、優れた判断ができる」と思うことは、一見もっともらしく見えます。

でも実際には、その思い込みによって相手の状況や気持ちが見えなくなり、巡り巡って自分も周りも苦しい思いをする羽目になる。

では、何を基準に判断したり、コミュニケーションしたら良いのか?

この本では、こう続けています。

人はみな、「自分が考えることは正しい」と、心のどこかで思っています。しかし、その判断が正しいのか、間違っているのかは、一体どのように「判断」するのでしょうか。ブッダは、このように語っています。

「私が言葉を語るのは、相手に利益となる場合である。真実であり、相手に利益をもたらす言葉であれば、ときに相手が好まない言葉であっても、語るべきときに語る。それは相手への憐れみ(慈悲)ゆえである。」

つまり「真実であり、有益である(役に立つ)」こと──これがブッダの基準 です。(中略)たとえば仕事なら、「利益が上がる」「働きやすい環境につながる」「業務が円滑に進む」ような判断が、正しいことになります。大事なのは「役に立つか」という視点です。

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」より抜粋

唯一頼りになる絶対的な基準は「役に立つこと」なんです。

誰かの行動が「自分の基準からしてどうか」と判断をしてフィードバックやコミュニケーションをするのではなく、シンプルに「自分が伝える内容が、相手にとって役に立つか」だけを考える。

思い返すと、私はこの価値基準でメンバーに向き合っていた気がします。

この本に出会う前から、効果的なマネジメントについて自分なりに試行錯誤してきた結果、「こういうやり方をしたら、こういう風になってしまうよね」という事実の因果関係だけで説明する習慣がついてました。

仏教の教えと自分のマネジメントが重なったのは、何か本質的なことに近づけているからかもしれません。

悪意を見出す必要なんてない

マネージャーがメンバーとのコミュニケーションで苦しんでしまう理由の一つは、「判断しすぎる心」にあると言えます。「判断」とは、決めつけ、思い込みのこと。

この「慢」の話に通ずるマネジメントのアンチパターンに、相手に「悪意を見出してしまうこと」があります。

つまり、「判断する(自分が正しいと思う)→ 相手を悪いと決めつける → 悪意を見出す」という流れです。

マネージャーとして経験を積む前の私は、「なぜこんなことができないんだ」とか「こんなことができないというのは本人の努力が足りないからだ」といったような悪意を見出してしまっていたような気がします。

パフォーマンスが期待に届かないメンバーがいたり、アウトプットの質が物足りなかったりすると、「ちゃんとやってないのでは」という疑念が湧いてくることがあります。

でも実際には、誰もが自分が持っている力の範囲で頑張っています。今いる環境、今持っているスキルセットの中で、可能な限り良い仕事をしようとしている。そこに悪意を想定する理由はないはずなんです。

お勧めの方法

とはいえ、理屈ではわかっていても、実際の場面では咄嗟に反応してしまうこともあります。私自身も完璧にできているわけではありません。

そこで役立つのが、同書で紹介されている「心の半分を前に、もう半分を後ろに使う」という方法です。

心の半分は、相手の言っていることを理解するために使います。相手が何を言いたいのか、何に困っているのか、ただ理解することに集中する。

簡単なことではありませんが、これができるようになると、不思議なことに、反応する前に一呼吸置けるようになります。

「自分が正しい」を手放す

「自分が正しい」という思い込みを手放してから、マネジメントが変わりました。

マネージャーの仕事は「自分が正しい」ことを証明することではなく、チーム全体が良い仕事をできる環境を作ることなんだと思います。

そのためには、自分の経験や価値観に基づく判断を一度脇に置いて、ただメンバーにとって役に立つことは何かを考える。

もちろん、私も完璧にできているわけではないし、今でも咄嗟に「自分が正しい」と思ってしまうこともあります。

でもそのたびに、「あ、今判断しようとしてるな」と気づけるようになった。それだけで、随分とマネジメントが楽になった気がします。

この記事を書いた人

株式会社オーリーズ

マネージャー

中野 亮

新卒で株式会社ロックオン(現イルグルム)に入社。広告効果測定プラットフォーム 「AD EBiS」の広告主・広告代理店向けの営業を担当。 業務を通してデジタルマーケティングの世界に強い興味を持ち、 オーリーズであれば「自分を叶え」つつ、お客様のビジネスも叶えられる環境があることに感動し、入社を決意。 「代理店の担当者」ではなく「お客様のマーケッター」になることを目標に邁進中。

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