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  • 足立 誠愛

広告運用者の仕事がなくなる?デジタルマーケの歴史から学ぶ、運用者のこれから:アタラ杉原さん、佐藤さんをお招きして

>広告運用者の仕事がなくなる?デジタルマーケの歴史から学ぶ、運用者のこれから:アタラ杉原さん、佐藤さんをお招きして

目次

  • アドワーズ vs オーバーチュア ~世界観の戦い~
  • 価値観が書き換わると、働き方が変わる
  • 運用者の仕事がなくなる?キーワードは「データの正規化」
  • 「マーケティングの力を信じている」

 

HISTORY OF DIGITAL MARKETING IN JAPAN

オーリーズでは、毎週水曜日に「ラボ会」という学習機会を設けています。11月29日(水)の回では、インターネット広告の黎明期から現在まで、その最前線に立ち続けるアタラ合同会社CEOの杉原氏、同社会長の佐藤氏にお越しいただき、「History of digital marketing in Japan ~アトリビューションをフックに、事業スタイルあるいは世界観の変遷~」というテーマでお話をいただきました。

常にその時代における未知に対峙し続けてきたお二人のお話からは、新しい仕組みや技術、価値観を理解し、本質を捉えるためのヒントを得ることができました。以下に抜粋してお届けいたします。

 

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アドワーズ vs オーバーチュア ~世界観の戦い~

日本のインターネット広告は、1996年にYahoo! JAPANのバナー広告によって産声をあげ、その後数年間はYahoo! JAPANの一人勝ち状態でした。当時はまだ、ロボット検索ではなくディレクトリ検索が主流の時代です。

その後、2001-2年に Google AdWords(以下、アドワーズ) と Overture(現Yahoo!スポンサードサーチ、以下、オーバーチュア)が日本に上陸します。当時、オーバーチュアは独立したベンチャー企業であり、この二社が、インターネットユーザーリーチの大数を占めていたYahoo! JAPANの検索窓を奪い合うことになります。(当時は、アドワーズもオーバーチュアも、Yahoo! JAPANの検索を経由する形でトラフィックを譲り受けていました。)

Yahoo! JAPANのようなサーチ・ポータルが採用する検索パートナーは、一つだけであるのが常識でした。しかしヤフーは、アドワーズとオーバーチュアを採用し、それぞれのパフォーマンスを比較するため、均等にトラフィックを送りました。Yahoo! JAPANで検索をすると、同じクエリでも(それぞれのエンジンが結果を返すという意味で)異なる結果が表示されていました。これは世界でも例をみないことでした。

ヤフーと両社は、トラフィックによる収益をレベニューシェアしていたため、ヤフーは徐々に収益性の高い方にトラフィックを寄せるようになります。もちろん勝者はアドワーズ。その当時、Googleには佐藤氏、オーバーチュアには杉原氏が在籍しており、それぞれの立場からその状況を見ていました。

 

写真左より、アタラ合同会社会長の佐藤康夫氏、同社CEOの杉原剛氏

杉原氏:“当時、日本ではオーバーチュアの方が広告主に対してはウケが良かったんです。投じる広告費が掲載順位という形でほぼダイレクトに返ってきたので、分かりやすかった。加えて当時は均等配信ではなく促進型の配信だったので、広告費を積めばどんどん広告を出せた。だから、オーバーチュアも「それまでの広告」という価値観の延長線上にあって、分かりやすくて売りやすかった。でも、収益性の観点でいえばアドワーズに歯が立たない。そのとき、アドワーズのアドクオリティという仕組みや、Googleの世界観は本質的だなと思ったものです。”

佐藤氏:“アドクオリティについては、当時は今以上にはっきりとした結果が返ってくることが多くて、クオリティが低ければとうとう広告が出なかったりもした。すると広告主に呼ばれたりして、理由を説明しなきゃいけない。なぜお金を払っているのに広告が表示されないんだ!と。それもそのはずで、それまで広告の基本的な価値観は「言いたいことを、言いたい人に言う」というもので、それをうまく助けてあげることが代理店の仕事のひとつだったりしていました。でも、「この広告はダメだよ」と媒体が仕切りはじめたんだから、この変化はとても大きかった。当時は広告主に納得いただくのに大変でしたよ。”

 

価値観が書き換わると、働き方が変わる

2002年では、アドワーズでも、検索結果の上部を「プレミアムスポンサーシップ」という形でインプレション販売しており、画面右側の広告枠についてのみアドワーズ(セルフサーブ型・入札型・クレジットカード支払い)として運用されていました。しかし、あまりにアドワーズの調子が良かったため、2004年にはいよいよプレミアムスポンサーシップもなくなり、すべての枠がアドワーズになります。

このとき、少なくとも検索連動型広告においては、「届けたいメッセージを届ける」という発信者を起点とした価値観から、「ユーザーが欲しい情報を届ける」という、受け手視点の価値観に移行した瞬間と言えます。

佐藤氏:“プレミアムスポンサーシップがなくなった当時、枠売ってこい、埋めてこい、バナー千本ノックだー!みたな働き方から脱却できない人もいました。それまでは、広告の販売と言えば、枠や人の仕切りが中心だったものが、アドワーズの「運用」に業務に置き換わったことで、働き方がガラッと変わった。そのときにうまくやれた人は、この新しい価値を捉えて、ワクワクを感じることができた人たち。価値観が置き換わったとき、それを見極めてしなやかに順応できるかどうかというのは、とても大事なことです。この時代に限った話ではなくて、これからもどんどんこういったことが起きると思います。”

 

 

アトリビューションの出現と、デジタルマーケティングコンサルティング会社の台頭

2007-8年くらいまでは、Google≒インターネットという時代でしたが、2000年代後半にFacebookが台頭したことで、インターネット広告において、Googleで捕捉できない領域が広がり始めました。同時に、DSPや第三者配信といったアドテクノロジーが市場に浸透し始めて、Google以外の領土が拡大していきます。また、モバイルシフトによる「断片化」などの背景も相まって、アトリビューション分析の機運が高まってきます。

佐藤氏:“私は2010年にGoogleを辞めてアタラに加わりました。当時はアトリビューションなどを実践しようという会社もなく、このころからでしょうか、媒体売りをコアとしないデジタルマーケティングのコンサルティング会社がでてきたのは。私たちだったり、デジタルインテリジェンスさんだったり。ちなみに当時のアトリビューションは、検索やバナーを横串にしてコンバージョンパスをみて最適なアロケーションをしましょう、というケースがほとんどでした。”

このころは、様々な理由でアトビューション分析に向き合うことが簡単ではなかったようです。広告主側の課題として、ディスプレイチャネルとサーチで運用代理店が分かれていたり、部署で予算管理が分かれていたりして、分析結果を予算アロケーションに反映させることが難しかったりしました。また、代理店側の課題として、日本では多くの代理店の報酬形態がコミッションモデルであるため、どうしても「媒体売り」に寄ってしまうことで、コスト削減に前向きになれず、代理店主導でアトリビューションに取り組むことが難しかったとも言えます。

杉原氏:日本ではコミッションモデルが主流ですが、世界では日本と韓国くらいじゃないでしょうか。グローバルでは特殊ですオーバーチュアと初めて出会ったとき、これは広告というよりも販促に近いマーケティングソリューションだな、と思ったものですが、当時はヤフーの検索を経由していたことや、日本の商習慣などの背景からも、広告的に販売せざるを得ない事情がいくつもありました。これまでも、媒体側が代理店に働きかけたり、代理店側が媒体に働きかけたりして、報酬形態を見直そうした経緯もあるのですが、各々の事情でコミッション文化が変わることありませんでした。ただ、もうそこに囚われる必要はないとも思っています。”

佐藤氏:“いまでもまだ、媒体売り的な仕事をしている会社は多いですよね。これからはマーケティングで課題を解決できるコンサルティングのような会社がポジションを取っていくと思いますよ。いろいろ大変でしたけど、アトリビューションだって今からです。”

このようなアトリビューションの歴史を経て、現在では広告の評価を、マスメディアデータ、オフラインデータ、CRMデータ、位置情報データといった、オフラインデータとオンラインデータを統合して分析する、「ポストアトリビューション時代」ともいえる時代を迎えています。

 

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運用者の仕事がなくなる?キーワードは「データの正規化」

2010年代になると、GoogleとFacebookによる複占化が際立ちはじめ、機械学習などの技術進歩とデータ集約よって、広告運用の自動化が加速していきます。特に運用型広告の業務のうち「入稿」と「入札」については、現在でも随分と自動化されています。このようなトレンドの中、運用型広告に携わる人はどのような役割を担っていくべきなのでしょうか。

佐藤氏:“振り返ってみると、アドワーズが立ち上がった2004-5年くらいから、絶え間なく機能が追加されてきて、代理店からは「私たちはいずれ要らなくなるんじゃないですか」と言われ続けてきました。でも、仕事がなくなるなんてとんでもない。気づけばネット専業の代理店の人たちだって、何十倍にもなっていますからね。確かになくなっている仕事も多いけれど、やらなければいけない仕事はそれ以上に増えている。これから先もきっとそう。そもそも仕事は作るものだったりしますから、無くすべき仕事とやるべき仕事を考える、そういう目線で取り組めば、仕事がなくなることなんてありえませんよね。”

杉原氏:“よく言われることですが、自動化によって作業的な仕事が機能に代替されれば、もっと上流の仕事をやりましょうよ、という話になります。そうすると、上流って何?と言う話になりますが、定義はいろいろでしょうけれど、そのひとつに「どんなデータを用意するか」という視点があるかなと思います。アドワーズやFacebookといった優れたプラットフォームであっても、得られる成果は与えるデータ次第です。だから、役立つデータはどんなデータか、を考えることがひとつの重要な仕事になります。とういうか、既になっています。DSAやPLAを設計することは、そういうことですよね。”

杉原氏:“これからはデータを「正規化」する力が重要になってくると思います。アドワーズ、Facebook、Criteoなどの、IMP、CV、CPAといった統一された指標はわかりやすいですが、それ以外はどうでしょう。アドワーズのこのデータと、Facebookのこのデータと、WEBサイトのこのデータを、どう合わせるか。合わせるべきなのか。それを考えることができるかどうかが、重要な能力のひとつになると思います。”

 

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「マーケティングの力を信じている」

最近では、様々なチャネルで音声を介したユーザー体験が増えてきています。海外では、中高生はチャットもすべて音声でやりとりをしたり、AirPodsで通話しっぱなしだったり、音声スピーカーも生活の一部になりつつあります。マーケティングや広告は、今後どのように変わっていくのでしょうか。

杉原氏:“Googleに入って衝撃だったことがあります。2007年に入社したとき、全社ミーティングでラリーとセルゲイが日本にきて、いろんな未来の話をしてくれました。そのひとつに「検索結果は1つだけでいい」というような話をしていて、検索については私もオーバーチュア時代に携わっていたので、さすがにそれは無理だろう、技術的にもそうだし、人間として選択肢がほしいから、それはないなと思いました。でも、スマスピ(音声スピーカー)の登場で、ああ、もしかしたらこれをやろうとしていたのかも…!と、当時の彼らの言葉を思い出しました。マーケッターとしてみると、広告的なチャネルも非広告的なチャネルも、あらゆるチャネルがマーケティングや広告の対象になり得る時代が来ているな、と感じています。”

佐藤氏:“いまはまだ、マーケティング活動の中で広告の存在感は大きいですが、消費者と広告主がこれだけ近くなってくると、広告でブーストできることはもっと少なくなるんじゃないかな、と思っています。広告はきっかけづくりくらいで、バーベキューでいうところの着火剤くらい。ちゃんと燃えるものでないといけないし、燃やし方も広告だけに頼るのは難しいでしょう。いま一般的に広告と理解されているもの以外の活動が、これからは重要になってくると思います。”

杉原氏:“私はマーケのパワーを信じていて、良いサービスや商品がたくさんあるのに、日本はちょっとマーケティングが弱いな、という感覚を持っています。もっと企業がマーケティングを武器として使いこなせるように、それを手助けするのが私たちのやりたいことです。”

 

ラボ会を終えて

お二人は、いつだって未知の世界に飛び込み、楽しみ、新しい価値を生み出してきました。そして、いまでも最前線を走り続けています。

「ロゴだけのスカスカのサイト」
「お金を出しているのに出ない広告」
「実名を晒すネットコミュニティ」
「自分たちで運用しなければいけない広告」

お二人が10年以上も前に遭遇した、一見奇妙な新しい世界。いま、これに類することはなんだろうか。私たちは、新しい価値を受け入れることができているだろうか。杉原さんや佐藤さんのように、本質を捉えて、価値を感じ、ワクワクできているだろうか。

毎日どこかで技術革新があり、どこかで新しいサービスが生まれるようなめまぐるしい時代。私たちは、それらが「どんな価値を生んでいるのか」「何の価値観を書き換えようとしているのか」について、目を凝らさなければいけません。

お二人の歴史のお話は、わたしたちが未来を考えるための、素晴らしい視点を与えてくれました。

そして、マーケティングの手法や概念が勢いよく進化しているなかで、エージェンシーだけそのままの在り方でいいはずがありません。私たちも、価値観を書き換えることができるような、次世代のマーケティングエージェンシーでありたいと思います。

杉原さん、佐藤さん、ありがとうございました!

この記事を書いた人

取締役副社長

足立 誠愛

在学時に現代広告の研究室に所属。実践主導の研究活動を通じて広告コミュニケーションの楽しさを学ぶ。同時期にワークスアプリケーションズのインターンシップに参加し、上位約3%の最高評価を獲得し、同社に入社。ERPパッケージ「COMPANY」導入・保守運用部門のコンサルタントを経て、アカウントマネージャーとして顧客の最終責任を担い、クライアントと組織のROI向上に邁進する。2013年に代表鈴木の誘いを受け、オーリーズの立ち上げに関わる。その後、2014年1月より運用型広告に特化した広告代理事業を開始。「クライアントにとって最高のバディに」をミッションに、運用型広告領域において本質的な価値提供を追求し、現在に至る。

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