• 足立 誠愛

アジャイルの起源から、アジャイルマーケティングを考える

アジャイルの起源から、アジャイルマーケティングを考える

世界のデジタル化は進み、その過程で企業と顧客との関係はめまぐるしく変化しています。

私は、この変化の激しい世界にワクワクする一方で、不安や苛立ちを感じていまうことがあります。スピードが早くて複雑な世界は、予測を裏切り、計画を狂わせ、ものごとを実現することを難しくします。この不確実性にどう向き合えばいいのか…

その秘訣にアジャイルがあります。

私たちは、2019年2月にミッション、ビジョン、バリューをリニューアルしました。そのうち「ビジョン=私たちのありたい姿」には、以下を掲げました。

クライアントの想いを多彩に叶えるアジャイルマーケティング・エージェンシーへ。”

この目が回るような時代に、クライアントのマーケティング・パートナーとして、私たちは「アジャイルマーケティング・エージェンシー」という存在を開拓していきたいと考えています。

本記事では、アジャイルについての本質を理解することからはじめ、マーケティング分野での実現方法について考えてみたいと思います。

アジャイルのトレンド

最近、耳にすることが多くなった気がする「アジャイル」という言葉。実際のところはどうでしょう。Googleトレンドを見てみます。

浮き沈みをしながら、ここ1年ではまた上昇トレンドにあるようです。

アジャイルはソフトウェア開発と関連づけて説明されることが多いですが、最近では「アジャイル型組織」や「アジャイル経営」、あるいは「アジャイルな働き方」といったように、様々な分野で目にすることが増えている気がします。

本記事では、再び注目を集めているアジャイルについて、マーケティングという分野から考えてみます。

アジャイルとは「理想的な状態」

マーケティングの話をする前に、まずは「そもそもアジャイルとは何か?」について触れておきます。多様な分野で用いられる「アジャイル」という言葉は、本質的にどんな意味を持っているのでしょうか。

このことについて、書籍『エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング』で分かりやすく説明されています。

同書では、アジャイルのことを以下のように説明しています。

環境に適応して、最も効率よく不確実性を減少させられている状態。理想状態なので、決して到達できない地点。

アジャイルとは「不確実性に対応する理想的な状態」だとしています。これについて、同書の内容をかいつまんで説明します。

まず、何をするにしても、ものごとには「始まり」と「終わり」があります。例えばビジネスなら、「新しい事業をつくって会社を成長させたい」という始まりがあり、「ゲーム事業が成功して会社の売上が120%伸びた」という終わりがあります。例えば家庭のことなら、「快適な住環境をつくりたい」という始まりがあり、「システムキッチンと書斎のある賃貸住宅に引っ越した」という終わりがあります。

このとき、それぞれの「始まり」は、「新しい事業」や「快適な住環境」といった曖昧なものからスタートします。また、この「始まり」から「終わり」に向かう過程を「ものごとを実現する」ことだと考えることができます。

つまり、「ものごとを実現する」というのは「不確実性の高い状態(曖昧な状態)から、確実な状態に推移させていく過程」であると理解できます。

では、この「不確実性」の正体とは何でしょうか。同書では以下のように説明しています。

不確実性とはつまり「わからないこと」によって生まれます。人間にとって、本質的に「わからないこと」はたった2つしかありません。それは、「未来」と「他人」です。

私たちは、2つの「わからない」もの、つまり「未来」と「他人」という不確実性の発生源から逃れることはできません。この2つの不確実性に向き合って、それらを少しでも減らしていくことが、唯一物事を「実現」させる手段なのです。

不確実性は「未来」と「他人」から生まれ、それらが予測を裏切り、計画を狂わせ、ものごとを実現することを難しくします。

よって、ものごとを実現するためには、この不確実性(=わからないこと=未来と他人のこと)を効率的に減少させながら進んでいく必要があります。

そこで有効なのが「経験主義」という思想です。

経験主義は、 (…) 近世のイギリスで花開いた自然哲学に対する態度です。

(…)もし何かの問題に直面し、それを解決しようと考え、今ある情報の中から、じっくりと考えてみたものの、答えが出ない。そんなときに理性主義的な発想では、「わからなかった」という事実から、次の行動の一手が浮かび上がってきません。そのため、「わからなかったのは、頭が悪かったからだ」と、何かミスがなかったかと考え、もう一度同じことを繰り返して、思考の袋小路に陥ってしまいます。一方で、経験主義的な発想でことに臨めば、「わからなかった」あるいは「正解でなかった」ということが重大なヒントになり、次の行動を生み出します。

つまり…

  • 不確実性は「未来」と「他人」から生まれる。上手にものごとを実現するために、これらにうまく向き合っていかなければいけない…
  • でも、分からないことは考えてもしょうがない。「自分のできること」と「振り返ることができること」を整理して、まずはやってみて、経験からヒントを得て改善をしていこう!

これが、経験主義の思想です。

VUCAワールドと言われるこの時代、未来のことも他人のことも、より分かりづらくなっています。分からないことが多い環境では、理性主義的ではなく、経験主義的な態度で取り組んだ方が上手にものごとを実現することができます。

また、この経験主義について、同書では以下のように補足をしています。

この経験主義は、単純に「やってみないとわからない」という論理なのでしょうか。そうではありません。経験主義で重要なことは、「知識」=「経験」を、行動によって手に入れるということです。そのためには、「行動できることは何か」と「行動の結果起きたことを観察できるか」という2点が重視されます。

経験主義とは「やってみないとわからない」という投げやりな思想ではなく、「コントロールできるもの」と「観測できるもの」を見極め、行動した結果に対して改善を重ねながら前に進んでいくという、投げやりとは真逆の思想です。

このような、「経験主義的・仮説検証的な態度によって、 環境に適応しながら効率よく不確実性を減少させられている状態」をアジャイルと言います。

加えて、アジャイルの歴史的背景についても簡単に触れておきます。

アジャイルというコンセプトには、ソフトウェア開発というよりむしろ、経営学あるいは、組織学習という文脈の中で生まれてきたものです。そして、それは、日米両国の経営哲学を巡る数奇な関係性や、アメリカの社会的潮流に強い影響を受けているものです。

戦後、アメリカから日本に生産・品質管理の理論が持ち込まれ、それを日本の製造業が発展させていきました。例えば有名なトヨタ生産方式などがそれにあたり、「Just In Time」の思想や、「カンバン」によるプロセスマネジメント、あるいは「多能工」といった組織学習の中心となるコンセプトなどを作り上げていきました。そして今度はアメリカがその経営的成果を研究対象とし、リーン生産方式といった生産プロセスを提唱するなどしました。

そして、これらの潮流が西海岸の思想的風土と融合してソフトウェア開発に組み込まれるようになり、「アジャイル開発」として広く知れ渡ることになります。

このように、アジャイルという言葉はソフトウェア開発によって世界に広まったものですが、アジャイルの経験主義的なコンセプトは、当時アジャイルという言葉が利用されていたかに関わらず、経営論や組織づくりを背景に育まれてきました。

ここまでをまとめると、アジャイルとは以下のようなものです。

  • アジャイルとは、経験主義的・仮説検証的な態度によって、 環境に適応しながら効率よく不確実性を減少させられている状態のことである
  • 不確実性とは、「わからないこと」であり、それは「未来」と「他人」のことである
  • 経験主義とは、「コントロールできること」と「観測できること」を見極め、経験から学習することで不確実性に対応することである
  • アジャイルのコンセプトは、ソフトウェア開発とは切り離された「経営学」や「組織論」に背景を持っている

アジャイルソフトウェア開発

ここからは、アジャイルをより実践的に理解するために、ソフトウェア開発をテーマにしてお話しします。

ソフトウェア産業の発展と共に、ソフトウェアは政府や大企業以外の幅広い人たちに利用されるようになりました。利用者の属性や要求が多様化したことで、ソフトウェア開発はマーケットの不確実性に対応する必要性が高まっていきました。

このような背景から生まれた開発ノウハウを、有志の技術者たちがマニュフェストとしてまとめました。それが「アジャイルソフトウェア開発宣言」です。

このアジャイルソフトウェア開発宣言のコンセプトを理解するには、「MVP(Minimum Viable Product)」の概念が助けになります。

MVPとは、端的に言えば「顧客に価値を提供できる最小限の製品や、それを使ったアプローチ」のことであり、ソフトウェア開発で最も大切なコンセプトのひとつです。

抽象化すると以下のようなイメージです。大きな完成形を時間をかけて作るのではなく、市場に出せる「そこそこ」の製品をまず市場に投入し、顧客に実際に使用してもらいます。そして、そこから得たフィードバックを製品の改良に役立てるというアプローチになります。アジャイルの言葉の意味である「身軽」や「回転の速い」といったイメージが伝わると思います。

このような背景から、それまで「理性主義≒ウォーターフォール開発(上図の下段)」を中心としていたソフトウェア開発に、「経験主義≒アジャイル開発(上図の上段)」のコンセプトがもたらされ、今日まで発展を続けています。

ちなみに、アジャイル開発という言葉が「ソフトウェア開発方式の一つ」として誤解されることがあるようですが、アジャイル開発はあくまでソフトウェア開発におけるコンセプトであり、開発方式を指す言葉ではありません。(具体的な開発方式については後述します)

アジャイルの価値

アジャイルのコンセプトが理解できたところで、その価値についても触れておきます。

ITプロジェクトの調査機関である Standish Group の「CHAOS REPORT 2015」では、10,000件を超えるITプロジェクトの成否について、アジャイル開発とウォーターフォール開発とを比較した統計をまとめています。

大・中・小プロジェクト合計の成功確率は、アジャイル開発はウォーターフォール開発の3.5倍になっています。

このように、アジャイルの価値は実績として示されています。

アジャイルマーケティング

そして、このアジャイルのコンセプトがマーケティングの分野にも流れ込んできました。

その背景には、アジャイルを成立させる重要な要素である「コントロールできること」と「観測できること」が、マーケティング活動でも増えてきたことがあります。

かつてのマーケティングは、フィードバックの量・質ともに、今と比べると乏しかったと言えます。たとえばマスプロモーションなどでは、そのフィードバックを、売上や認知率調査などの施策とは断絶された機会で得るしかありませんでした。

しかし、現在のマーケティング活動の多くはソフトウェア(=MarTech)によって支えられており、リアルタイムなフィードバックを得ることができます。この背景が、マーケティングを経験主義的なものに変化させています。

出典:スコット・ブリンカー 『ハッキング・マーケティング 実験と改善の高速なサイクルがイノベーションを次々と生み出す』

そして、世界のデジタル化が進めば、マーケティングとソフトウェアの重なりが大きくなることは必然であり、今後のマーケティング活動はますます経験主義的なものになっていくでしょう。

出典:スコット・ブリンカー 『ハッキング・マーケティング 実験と改善の高速なサイクルがイノベーションを次々と生み出す』

これらの背景を受けて、 有志のマーケターたちによって 「アジャイルマーケティング宣言」が作られました。 アジャイルソフトウェア開発宣言が2001年であったのに対し、アジャイルマーケティング宣言は2012年のことです。

出典: Agile Marketing Manifesto

この宣言に基づけば、以下のようなマーケティング活動もアジャイルと言えるでしょう。その意味では、現在多くの企業が取り組んでいるデジタル施策はアジャイルマーケティングであると言えます。

テストマーケティング

  • 顧客データを広告プラットフォームに連携し、ターゲティング対象をテストマーケティング群とコントロール群に分け、対象実験による効果検証を行う。

ターゲティング

  • CRMデータの購入実績からセグメントのスコアリングを行い、オーディエンスリストを作成。そのリストを Google Analytics 360 へインポートし、セグメントごとのコミュニケーションプランニングを行いながら、態度変容を促進する。

段階的な活用

  • 運用型広告のテキスト広告でコピーストラテジーを検証し、効果的なコピーをテレビCMで活用する。
  • スモールブランドを立ち上げ、まずはデジタル施策のみでプランニングをする。デジタル施策で顧客の属性分析を重ね、ターゲットのボリュームやターゲット像を検証し、マス施策を設計していく。

アジャイルマーケティングを体現するとは ~原則とプラクティス~

以上が、アジャイルマーケティングに関するコンセプトの話です。

コンセプトであるため解釈の幅は広く、「データをもとに短いサイクルで改善活動をおこなえば、それはもうアジャイルマーケティングだよね」といった粗い解釈もできます。また、運用型広告の日常的な運用業務も、広い意味ではアジャイルマーケティングだと言えます。

どれも大きくは間違っていないのですが、ここからはもう少し、アジャイルマーケティング実践のための具体的な方法について考えます。

ここで、アジャイル開発に話を戻します。

アジャイル開発は数多くの論文が執筆され、研究対象として深く掘り下げられています。その起源は1986年にさかのぼり、ホンダ、キャノン、富士ゼロックスといった日本のメーカー企業の製品開発工程を研究した論文に端を発しています。

このように、アジャイル開発には30年以上の歴史があり、確立された開発方式が存在します。

たとえば以下のようなものです。

  • スクラム
  • XP(エクストリームプログラミング)
  • FDD(ユーザー機能駆動開発)…など

ここでは、最も導入実績が多いとされる「スクラム」を参考にして、より具体的に「アジャイルを実現している状態」について考えます。

スクラムの原則

スクラムには「スクラムガイド」という、スクラムの父と言われるジェフ・サザーランド氏とケン・シュエイバー氏が書いた公式のルールブックが存在します。両氏はアジャイルソフトウェア開発宣言の作成にも関わっていた人物です。

そのスクラムガイドの冒頭には、「スクラムの理論」として以下のような記述があります。

スクラムは、経験的プロセス制御の理論(経験主義)を基本にしている。経験主義とは、実際の経験と既知に基づく判断によって知識が獲得できるというものである。スクラムでは、反復的かつ漸進的な手法を用いて、予測可能性の最適化とリスクの管理を行う。

経験的プロセス制御の実現は、透明性・検査・適応の3本柱に支えられている。

透明性:経験的プロセスで重要なのは、結果責任を持つ者に対して見える化されていることである。透明性とは、こうしたことが標準化され、見ている人が共通理解を持つことである。


検査:スクラムのユーザーは、スクラムの作成物や進捗を頻繁に検査し、変化を検知する。ただし、 検査を頻繁にやりすぎて作業の妨げになってはいけない。熟練の検査人が念入りに行えば、 検査は最大の効果をもたらす。


適応:プロセスの不備が許容値を超え、成果となるプロダクトを受け入れられないと検査人が判断し た場合は、プロセスやその構成要素を調整する必要がある。調整はできるだけ早く行い、これ 以上の逸脱を防がなければいけない。

要約すると、スクラムは以下の「3つの柱」と「2つのアプローチ」によって構成されていると言えます。まだ抽象度は高いですが、マニュフェストよりも具体性があります。

これらを大雑把にまとめると、スクラムとは「反復的・漸進的に、変化に適応しながら成果物を出す」ということになりますが、これはあくまでも「原則」です。実践によって価値を出すためには、より具体的なプロセスマネジメントが必要です

このことについて、スクラムガイドの冒頭にはこのように記載されています。

スクラムとは、以下のようなものである。
■ 軽量
■ 理解が容易
■ 習得は困難

アジャイルは「言うは易し行うは難し」なものであるということを、スクラムガイドが断言しています。

スクラムのプラクティス

ここからは、スクラムの具体論についてお話します。

スクラムには、上述した「原則」に加えて、その実践方法として「プラクティス」があります。下図がその全体像です。

出典:https://innolution.com/essential-scrum/table-of-contents/chapter-2-scrum-framework

ここでは、このプロセスを細かく説明することはしません。プラクティスの説明だけで1冊の本ができるほどに奥深く、全てを説明することはできません。

かいつまんで説明すると、スクラムのプラクティスは以下の3つで構成されています。

  • ロール(チーム構成と役割)
  • アクティビティ(会議体など)
  • 作成物(タスクの一覧や成果物そのもの)

そして、それぞれにルールが設けられています。たとえば下記のようなものがあります。(数あるルールのごく一部です)

ロール

  • プロダクトオーナーが決定したバックログは、他人が覆してはならない
  • プロダクトオーナーは、開発チームに相談はできるが干渉はできない
  • プロダクトオーナーとスクラムマスターのロールの兼任は禁止されている
  • 開発チームは自己組織化されており、機能横断的である(開発チームのスキルセットで開発のすべてをおこなえる)…など

アクティビティ

  • スプリント期間は固定する(延長するなど、変動してはならない)
  • スプリントプランニングは、「スプリントの週数×2時間」で完了させる
  • デイリースクラムは毎日、同じ場所、同じ時間におこなわれる
  • デイリースクラムは15分間のタイムボックスでおこなわれ、延長はできない
  • デイリースクラムでは、「昨日やったこと」「今日やること」「困っていること」についてのみ話す…など

作成物

  • プロダクトのリリースには「完了の定義」を設け、途中での縮小は避ける…など

ここでお伝えしたいことは、スクラムを深く理解し、実践し、価値に変えるためには、「明確なロール」「機能横断的で自己組織化されたチーム組成」「目的が明確なタイムボックス化された会議体」などの、高度なチームビルディングとプロセスマネジメントが必要である、ということです。

スクラムはソフトウェア開発のフレームワークですから、そっくりそのままマーケティングのキャンペーンマネジメントに利用することはできないでしょう。しかし、「反復的・漸進的に、変化に適応しながら成果物を出す」ことがスクラムのコンセプトですから、スクラムの「原則」や「プラクティス」は、マーケティング活動にも応用できます。

スクラムのプラクティスからもわかるように、ビジネス環境で再現性をもって「反復的に、漸進的に、変化に適応しながら成果物を出す」ことは簡単ではありません。これは、アジャイルマーケティングも例外ではないはずです。

段階的にアジャイルを目指す

ここまでの結論として、スクラム(≒アジャイル)は「原則」と「プラクティス」の両面を備えてこそ真価を発揮する、という話をしました。

ここからは、アジャイルマーケティングとの向き合い方についてお話したいと思います。

私は、マーケティング領域でアジャイルを実践するうえでは、プラクティスに固執するべきではないと考えています。

プラクティスに固執する教条的なスタンスによって、アジャイルへの挑戦ハードルが高くなってしまうことは本末転倒ですし、何よりも、まだマーケティングの領域では「透明性」「検査」「適応」の観点で課題が多いと思うからです。

例えば、ターゲットを決めてコンテンツをテストしようとしても、クロスデバイスを加味したユニークな個人に対して検証をすることが難しい現実があります。あるいは、広告データやCRMデータ、受注データなどがサイロ化し、施策のビジネス貢献度が正確に計測できていないケースも多いです。また、それらのデータを、BI/ダッシュボードツールなどを介してステークホルダーが正確かつリアルタイムに把握することも、広く普及しているとは言い難い状況かと思います。

つまり、マーケティングという役割に対して、「透明性」「検査」「適応」といった要素を満たすことから始めなければいけない、という現状があります。

ですので、プラクティスを意識しすぎず、段階的にアジャイルマーケティングを深掘りしていくのがいいのではないかと考えます。

このことについて具体的に考えるにあたり、書籍『データ・ドリブン・マーケティング -最低限知っておくべき15の指標』で説明されている、「MCM(マーケティング・キャンペーン・マネジメント)プロセス改善の3段階アプローチ」が参考になります。

MCMプロセスは、キャンペーンの選択から始まり、投資決定、実行へと進み、効果測定で終わる一連のサイクルです。このプロセスが、データ・ドリブン・マーケティングで成果を上げるために必要不可欠なものであると説明されています。難しいものではなく、言わばマーケティングキャンペーンのPDCAサイクルです。

その上で、同書はMCM運用の成熟度を「初級・中級・上級」の3ステージに分け、段階的に進めていくことを推奨しています。

MCM組織能力向上の3つのステージ

初級
・共通の目的/目標
・キャンペーン管理の集約化
・マーケティング・データベース

中級
・個別の目的
・確立されたキャンペーン投資を選択するプロセス
・キャンペーン終了後での効果測定
・データウェアハウス

上級
・企業戦略とマーケティングを整合させるスコアカード
・キャンペーン選択におけるポートフォリオ最適化
・アジャイル・マーケティング:キャンペーン実行中での効果測定
・適応学習およびフィードバック:将来のキャンペーン選択への活用
・解析マーケティングおよびCLTV測定
・イベント・ドリブン・マーケティング
・ITインフラ:マーケティング・リソース・マネジメント(MRM)企業内統合データウェアハウス(EDW)、解析

注目すべきは、「アジャイル・マーケティング」というキーワードが「上級」のステージに登場しており、「キャンペーン管理の集約化」や「データウェアハウス」などが、それよりも下位のステージで登場していることです。

このことは、本格的なアジャイルマーケティングを目指す前に、マーケティング投資の計画、管理、評価についての指標を導入し、データウェアハウスを利用するなどして、顧客と企業および各マーケティング・キャンペーンのやりとりをトラッキングするべきである、と理解できます。

そのような環境を用意することができて初めて、過去の失敗から学習することができるようになります。まさに、スクラムの原則である「透明性」「検査」「適応」や、アジャイルの原則である「コントロールできること」と「観測できること」を満たすための環境づくりです。

ちなみに同書では、大規模なアンケートによって、回答企業をMCMステージごとに分布しました。その結果、9割もの企業が「初級または中級」のステージであることが示されており、少なくとも同書では「アジャイル・マーケティングキャンペーンの実行」ができている企業は、全体の1割程度にしか満たないとしています。

アジャイルマーケティングを実現するために、まず何をすべきか

最後に、アジャイルマーケティングの実現するために、組織やチームはまず何をするべきかについて考えてみます。

先述のとおり、マーケティングとソフトウェアの重なりが大きくなるにつれて、経験主義に基づく活動が重要になっていきますが、経験主義を実践するためには、「コントロールできること」と「観測できること」を見極め、管理下におくことが原則です。

また、MCM成熟度の調査のとおり、初級・中級レベルは、まずは「キャンペーン管理の集約化」や「データウェアハウス」などに取り組むべき状態であるとしています。先進的な欧米企業でも、約9割がそのレベルに位置しています。

これらのことから、まずは「コントロールできること」と「観測できること」の整理を始めることが、アジャイルマーケティングの第一歩と言えるのではないでしょうか。

具体的な話を挙げるならば、例えば「コントロールできること」は「デジタル広告運用のインハウス化」というテーマを、「観測できること」は「セルフサービス型のデータ活用基盤の構築」というテーマを考えることにつながります。

昨今では、デジタル広告運用に関するインハウス化の機運が高まっています。インハウスのトレンドについて詳述した下記の記事によると、国外事例ではありますが、広告主がインハウスをする理由についてこのように回答しています。

When asked to rank the biggest reasons for brands to in-house, cost-saving topped the list, followed by greater agility, and increased transparency.

企業がインハウス化する理由をランク付けするとしたら、1位は「コスト削減」。次いで「アジリティの向上」と「透明性の引き上げ」になります。

出典:The State of In-housing – Defining how marketing teams evolve 2019 – Bannerflow(登録後にレポートをダウンロードできます)

デジタル広告運用は高い専門性を必要とするものであり、そのことは今も昔も変わりません。

しかし、その専門性は、オークションの入札調整やターゲティング設定などの広告プラットフォームに閉じた作業的なものから、自動化機能の効率を高めるアカウント設計やKPI設計、デジタルアセット活用のためのデータ正規化・構造化といった、周辺領域へと拡張しています。

自社の有するデジタルアセットを、いかに効果的に活用・分析していくのかというテーマの中で、デジタル広告運用は自社と切り離して管理されるものではなく、 自らコントロールすべきものとして認識されつつあるように思います。

また、BI/ダッシュボードなどの「セルフサービス型データ活用基盤」の構築も、アジャイルな組織づくりの第一歩として有効です。

ビジネス最適化ツール『DOMO』のベン・シャイン(Ben Schein)氏は、以下の記事で、小売大手ターゲット社在籍中に取り組んだDOMO導入についてこのように語っています。

技術的観点からエンドツーエンドできっちり設計して完璧なものを狙うんじゃなく、ある程度は妥協してエンド・ツー・“ほぼエンド”のようなラフな考え方で臨んでもいいんじゃないかということで、使い手のニーズ優先で導入したのがDomoでした。

さて、それで結果がどうなったかというと、ユーザー部門のデータに対するリテラシーや感度といったものがグっと底上げされました。業務を回している現場の肌感覚と各種のデータから見えてくる傾向とに照らして、「やっぱり思ったとおりだ」ということもあれば「あれ、なぜこんな結果になったんだろう?」ということもある。(中略)社内にはどんなデータがるのか。それぞれにどんな意味があり、どう見れば業務改善のヒントになるのか……。現場によい回転が生まれ始めたのです。

ターゲット社では、全社的なデータ分析基盤&専門チームを設け、大規模なデータレイクを構築したり、BI専門組織を創ってデータサイエンティストを配属するなどしています。

その点では、すでにデータ・ドリブン・マーケティングを実践できている先進的な企業と言えますが、データ専門組織外のエンドユーザーが、データをもとにしたアジャイルな行動を取ることができていたかというと、そうではなかったと言います。

高度なデータ分析でビジネスを成長させていくことと、エンドユーザーが「観測できること」を手にし、自己組織化してマーケティング活動に取り組むことには、異なるアプローチが必要であることを示してくれています。

使い手のニーズを優先し、データに触れることができる環境を用意することが、経験主義的な価値観を広げていく効果的な手段ではないかと思います。

おわりに

本記事では、アジャイルの起源からその本質に触れ、アジャイル開発のスクラムを例にして具体的な実践方法をお話したうえで、アジャイルマーケティングの取り組み方について考えました。

本記事を通じて、アジャイルとは何か、なぜ目指すのか、どんな価値を生むのか、どう取り組んでいけばいいのか、などを考えるヒントになれば幸いです。

現代は、マーケティングという仕事がとても面白い時代だと思います。 個々人が変化を起こすことができる、チャンスに溢れた時代です。 一方で、変化の激しい目の回る時代ですから、時には大変に感じたり、不安を抱くこともあると思います。

組織や個人がこの不安にうまく向き合い、変化を楽しみながら成果をあげるために、アジャイルのコンセプトは大きな助けになってくれるはずです。

私たちオーリーズは、運用型広告に軸足を置きながら、企業がアジャイルなマーケティングを実現するための環境づくりを支援することで、 マーケティングの価値向上に貢献していきたいと思います。

この記事を書いた人

株式会社オーリーズ

取締役副社長

足立 誠愛

在学時に現代広告の研究室に所属。実践主導の研究活動を通じて広告コミュニケーションを学ぶ。同時期にワークスアプリケーションズのインターンシップに参加し、最高ランクの評価を獲得し、同社に入社。ERPパッケージ「COMPANY」導入・保守運用部門のコンサルタントを経て、アカウントマネージャーとして顧客の最終責任を担い、クライアントと組織のROI向上に邁進する。その後、2014年1月より運用型広告に特化した広告代理事業を開始。サービス領域責任者として事業開発を担い、現在に至る。

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