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広告運用に本質的な視点を

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  • 足立 誠愛

代理店の「思考停止」が運用型広告の価値を下げてはいないだろうか

>代理店の「思考停止」が運用型広告の価値を下げてはいないだろうか

これまで、運用型広告領域で広告主をサポートする立場として、様々な課題に出会ってきました。その中で時折、どうしてこうなってしまうのだろう…なんだかなあ、とモヤモヤとした気持ちになる課題に出会うことがあります。

そこで、運用型広告の関わる広告主と代理店の活動の現場では、今どのような課題があり、私たち代理店は広告主にとってどのような存在であるべきなのかを考えてみます。

運用型広告支援の現場で出会う課題の顔ぶれ

運用型広告に関わる広告主と代理店の活動の現場では、よくこんな課題を耳にします。

  • 管理画面のラストクリックCPAを追求するあまり、CV数が頭打ちを迎える
  • サイト誘導とラストクリックCPAを重要視するあまり、エンゲージメント系の施策を展開できない
  • 広告表現が当たり障りのないものになり、どこからか借りてきたような言葉ばかりが並ぶ
  • CPAやROAS達成を優先するあまり、社名やサービス名経由のCVも含めた成果でROIを評価している
  • モバイル(またはPC)でのラストクリックCVが少ないため、施策がPC(またはモバイル)に傾倒する
  • リスクを把握しきれないため、自動入札機能の導入になかなか踏み切れない

どれもよく聞く「業界のあるあるネタ」とも言えそうです。

これらの課題が重なると、いつの間にか「これ以上の成果は難しい」という認識が出来上がってしまい、現場には運用型広告に対する “頭打ち感” が蔓延します。運用型広告も知れているな、有料施策はやっぱり限界が早いね、と…

時に、これは広告主が代理店の支援を受けている状態であってでも起きてしまう問題です。むしろ、代理店の支援を受けているからこそぶつかってしまう問題なのではないかとすら感じています。

この実態について考えを巡らせていくと、これらの “頭打ち感” を作り出してしまう原因は、「代理店の支援の在り方」にあるのではないか、と考えるようになりました。

 

代理店の「説明責任の発生」と「再現性の追求」

代理店が広告主に対し運用型広告の代行業をサービスとして提供したとき、必ず発生する力学があります。それが「説明責任の発生」と「再現性の追求」です。

  • 説明責任の発生 =はっきりとした価値を示さなければいけない
  • 再現性の追求=確実かつ効率的に成果を得たい、方法論として確立してその他事案に適用したい

これらの役割の発生と、その役割に立った上での思考停止が、運用型広告の価値を低減させていると感じることがあります。これらの力学がどのような問題を生むのか、下の図によってイメージできます。

説明責任と再現性

このように、役割とレポートラインが多層になることで、運用スキルと実践経験を有する当事者が、施策の選定や目標設定の意思決定者から遠ざかってしまうという事象が起こりがちです。これに加えて、先述の「説明責任の発生」と「再現性の追求」という力が働くことで、この問題をより一層根深くします。

どんな問題が発生するのか、具体例からイメージしてみます。

ときに、広告主が自社のリソースで運用していたアカウントについて、その施策の選定やチャネルの予算配分を見ると、一見取り留めのないように見えるのですが、運用を引き受けてみると、結果として絶妙なバランスで展開されていた、というケースに出会うことがあります。その理由は、その時々のアクションに対する根拠を、誰に説明する必要もなく、直感的に良いと感じたことを、スピーディーかつ柔軟に施策に取り入れることができていたからだと思います。

下記に例を挙げてみます。広告主がある程度の運用スキルと、結果に対する全責任を有していたと仮定すると、以下のような “直感的で柔軟な” 運用になるのではないでしょうか。

ECで自社ブランドの商品を販売するために、Googleアドワーズ、Facebook広告、同時にInstagram広告を運用している。

 

Facebook広告では、サイト誘導目的のキャンペーンに加え、反応の良かった投稿を拾ってはそれを広告化して、もっと多くの人に見てもらう「投稿の宣伝」キャンペーンも実施している。投稿広告上のコメントは賑やかで、そこでユーザーとインタラクティブなやりとりが発生するなど、顧客との対話にも力を入れている。

 

Instagram広告では、自社のブランドが伝わる写真を鋭意選定し、伝えたい想いを載せて配信する。それは決してどこからか借りてきた言葉ではなく、自分たちのブランドの言葉で、丁寧に綴る。likeもそれなりに獲得し、反響は上々。でもInstagramからのラストクリックCVへの貢献性はイマイチサイトへの誘導単価でみても、バナーと比較すると4~5倍となかなかしょっぱい数字だ。

 

アドワーズでは、モバイル向けにディスプレイ広告を展開するも、ラストクリックCPAは許容しがたい結果。でも、なんとなく今月はPC経由でのCVが増えているような気がする。相関があるのかと言われれば、はっきりとした根拠はないが(そもそもそこまで分析もしていないが)、確かに全体の売り上げは伸びている。少なくとも、事業上の収益に対する広告比率は目標ラインを達成しているし、まずまずと評価している。自社の商品は決して安くないものだし、きっとモバイル→PCのクロスデバイスでの購入が発生しているのだろう

 

また、それぞれの媒体の入札単価調整については、アドワーズにせよ、Facebookにせよ、最近は自動入札設定が推奨されているらしい。できる限り、投稿コンテンツの用意やユーザーとのやりとりに時間を充てたいので、特定期間でのコンバージョン数も要件を満たしていることだし、少しばかり不安だが、背に腹は変えられない、思い切って導入してみることにしよう。

…といった具合です。全体的にはとても荒いですし、突き詰めればやるべきことは山ほどあるものの、一つだけはっきりと評価できることは、多様な情報をもとに「柔軟かつスピーディーに施策を展開できている」ということです。運用型広告には、この柔軟性とスピード感が極めて重要です。 完璧な判断を下すために多くの時間をかけるよりも、多くの情報を集めて柔軟かつスピーディーに対応することが求められます。

もし代理店がこのECサイトの支援を、広告予算xx%の手数料で実施していたらどうでしょう。もちろん運用金額にもよりますが、上記で実施した施策のうち、実施に踏みきれなさそうな、実施こそすれ継続が難しそうな打ち手が多そうな気がします。

その理由は様々で、過去にうまくいったのか?同じことでうまくいくか?という「再現性」の観点、できるかぎり作業工数を圧縮したいという「効率性」の観点、そもそも本当に効果があるのか?結果をどう評価するのか?という「効果性」の観点などなど…

代理店という外部の立場に限らず、上記の図のように、役割分担によってレポートラインが多層になればなるほど、この「説明責任の発生による柔軟性の欠如」は深みを増していきます。代理店や運用担当者は、広告主や責任者に運用成果を提供する身として、どの施策に価値があったかを具体的に説明する責任を担っています。そんな中、その根拠について、管理画面上で確認可能な、価値を理解しやすい直接的な成果だけを見ていれば、アイディアは閉塞的になり、打ち手はマンネリ化します。その結果、運用型広告の ”頭打ち感” が蔓延します。

上述の運用例では、効率性や再現性こそ低そうですが、なんだか ”未来” がありそうです。荒削りで 見ていて不安はあるのですが、いろんなところにぶつかって擦り傷を重ねながらも、なんだか広告運用の芯を食っている感じがするのです。

 

普遍的課題か、今日的課題か

レポートラインが多層になることで、目先の結果や手段に縛られて本質から遠ざかってしまう現象や、プロセスを効率化し汎用性を持たせることで個別的課題が解決しづらくなるという事象は、いつの時代も業種業態を問わず発生する、普遍的な課題と言えます。

ただ、日進月歩で変化する運用型広告の役割が、この問題をよりいっそう色濃くしており、今日的な課題として強く認識する必要があると考えています。その変化とは何か。理由は様々挙げられますが、「運用型広告の多様化」と「メディア・デバイス・オーディエンスの断片化」は、特に大きな変化と言えます。

多様化と断片化

これらの変化により、価値の説明が難しい、一見して成果に直結していない、でも価値が無いとは思えない、つかみ所の無い領域が増えています。上述の例にもありましたが、例えば…

  • Facebookの「ページを宣伝」広告において、いいね!が増えるとサイトの売り上げは上がるのか?
  • Facebookの「投稿を宣伝」キャンペーンでは、サイトへの誘導単価は割高である一方で、投稿広告上にはポジティブなコメントが溢れているが、価値は低いのか?
  • Instagram広告からの直接CVは少ないようだが、価値はないのか?
  • モバイルでのCPAは目標値を上回っているが、PCにクロスデバイスしてCVしているのではないか?

これはひとえに、テクノロジーの発展によってユーザーとの接点や広告表現が豊かになり、その役割が多様化したことに他なりません。これは素晴らしいことです。この発展があるからこそ、私たちは運用型広告の世界に魅了され続けます。

この多様化・断片化の時代を迎える少し前の、運用型広告 ≒ 検索連動型広告であった時代は、その役割は「リーチの最適化」の要素が強かったのに対し、昨今の運用型広告の役割は、その広告主の商品やサービスに対する「価値の創造/最大化」の役割をも担いつつあります。例えば以下のようなケースです。

例1:ダイナミックリターゲティング広告 Criteo

  •  ユーザが閲覧していない商品の売り上げが全体の50%以上(※Criteo調べ)

リターゲティングによる、単純な「接触機会の増加」や「商品・サービスの再想起」という役割を超え、過去に接触した商品かどうかに関わらず、ユーザーが求めている(であろう)最適な商品を「提案」するという役割。

例2:Facebook広告

  • 投稿や広告上でのインタラクティブなやりとり

商品・サービスの認知という役割を超え、配信する広告上で顧客と「対話」ができる。商品やサービスに対する、ユーザーからの何気ない質問や感想に対して、コメントを通じて対話することで、商品・サービスに対するエンゲージメントを育む。

例3:ネイティブ広告

  • 遷移先ページがコンテンツであることを前提とした、コンテンツ・ディストリビューション(一例)

ランディングページなどの自社サービスに対する直接的集客を目的とせず、コンテンツでストーリーテリングを行い、ユー ザーの関心を惹きつける。

このような運用型広告の役割の変化がある中で、その代行業者は、説明が容易な範囲でその責任を果たし、再現性に固執する旧態依然としたスタンスで広告主の支援に臨めば、その提供価値は限定的なものとなります。説明しやすいこと、再現しやすいことの範疇で価値を提供していては、縮小最適に陥ってしまうのも無理はありません。

 

これから、運用型広告の代理店はどうあるべきか

問題提起をしたものの、これには一朝一夕で、確たる方法論で解決できない難しさがあり、そこに運用型広告の深みがあります。まさに、この変化に対してどのように立ち向かっていくのかを、このAd JOURNALを通じて紐解いていきたいと思います。

これからの広告代理店と広告主の関係は、以下のようにあるべきだと考えます。

  • マーケティングに再現性を求めるのではなく、マーケティングの不確実性に立ち向かう
  • 目的達成のためにお互いが助け合い、挑戦し続ける
  • クライアントの挑戦に伴う困難を代理店の困難とし、失敗も成功もすべてを資産にして前進し続ける

「代行」という価値のみを返すのではなく、運用型広告の深い理解を持ったプロフェッショナルとして、不確実性の中をクライアントと共に戦う。

つまるところ、代理店に求められていることは、どれだけ「クライアントの懐に飛び込めるか」にあるのではないでしょうか。指示された目標に対する結果だけを返すことで価値提供を完結させるのではなく、施策選定および目標設定の決定プロセスから関与し、運用実務までを紐づけることがより強く必要とされています。

これだけを読めば、ただの綺麗ごと、べき論のように聞こえるかもしれません。
しかし、上述したように、テクノロジーの発展が広告表現や接点の手段を豊かにすればするほど、この必要性を色濃いものにしていくことは間違いないなさそうです。

テクノロジーの発展が、広告主と代理店の関係の在り方を見直すようにと強く働きかけてきているように感じるのは、私だけではないと思います。

この記事を書いた人

取締役副社長

足立 誠愛

在学時に現代広告の研究室に所属。実践主導の研究活動を通じて広告コミュニケーションの楽しさを学ぶ。同時期にワークスアプリケーションズのインターンシップに参加し、最高ランクの評価を獲得し、同社に入社。ERPパッケージ「COMPANY」導入・保守運用部門のコンサルタントを経て、アカウントマネージャーとして顧客の最終責任を担い、クライアントと組織のROI向上に邁進する。2013年に代表鈴木の誘いを受け、オーリーズの立ち上げに関わる。その後、2014年1月より運用型広告に特化した広告代理事業を開始。「クライアントにとって最高のバディに」をミッションに、運用型広告領域において本質的な価値提供を追求し、現在に至る。

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